マラソンの途中棄権は現実的な自分との出会いだった【失敗体験談】

マラソン

こんにちは、イチゴです。

走り始めて4年目の秋、フルマラソンで初めて途中棄権をしました。原因はオーバーペースによる途中棄権です。言い換えれば、現実的なペース配分ではなかったということです。

「フルマラソンの制限時間が4時間の大会である大田原マラソンに出場して、速く走れる自分を見てみたい!」

そんな希望を抱いていた、数年前。

大田原マラソンは制限時間が4時間の大会です。つまり、フルマラソンを4時間以内に完走しなければならないのです。

妙な空気に包まれたストイックランナーの集まり。都市型マラソンのような賑やかさはなく、これから始まる4時間内完走というレースに集中しているランナーの姿が印象的でした。

学生時代の部活動を思い出すような雰囲気です。

  • ライバルは自分自身
  • 声をかけないでくれ、集中しているのだから
  • 見るからにストイックランナーの集まり!

こんな雰囲気を感じながら、いざスタート地点へ。

今回は、自分で決めた約束を守らずに走り続け、練習でやってきてもないことを夢見て走った結果、途中棄権に終わった大田原マラソンの失敗体験談をご紹介します。

  • 途中棄権をしたくなかったけど何が原因だったのだろう
  • 練習よりも本番は力が発揮できるものだと思っていたけど、うまくいかず途中棄権をしてしまった
  • 途中棄権はしたくないから、とりあえずこの記事を見ておこう!

こんなことを思っているランナーの皆さん!
フルマラソンは常に現実的な自分に出会わせてくれるものです。

次のレースでは、笑顔でガッツポーズでゴールラインを切りましょうね。

マラソンの途中棄権は、オーバーペースだったから

マラソンのスタートというのは、大人数が出場する大会では渋滞をうむものです。でも、この大田原マラソンはスタートからランナーのペースが速いので、渋滞をうむこともなくスムーズに流れていきました。

ただ、周りのスピードが速い!

イチゴ
イチゴ

これは、自分のペースを保つことが試されるな。

今日は3時間30分以内で走りたい!だから、1kmあたり4分55秒で走っていこう!

当日のコンディションを考え、自分なりの目標を定めた私は、スタート直後は4分55秒/kmで走っていくように努めました。

しかし、予想以上に体が動いているように思い始め、気づけば自分が定めたスピードを無視して、完全に自分を見失って走っていたのです。

イチゴ
イチゴ

今日は調子が良さそうだな。

フィニッシュタイムがもっと速くなるように、あと少しスピードを上げちゃおう!

4分55秒/kmで走っていく目標が、もっと速く走れるかもという欲が出て、ぐんぐんスピードをあげてしまうことに。もっとできるかもという欲が、夢を見たあわい期待へと変わっていました。
そしてあらかじめ立てた目標は無視してしまい、結果4分45秒/kmで走っていたのです。

しかし、心と体は正直で、心で感じた素直な気持ちが体に表れ始めました。

当日の30km地点までの記録

結果は、30km地点で途中棄権。実情は、25km地点まで走りました。

(※30kmを2時間34分33秒で通過するということは、1kmあたり5分9秒ペースで走った、ということです。)

25km近くまでは1kmあたり4分45秒ペースで走り、それはフルマラソンを3時間20分で走りきれるペースで走っていたのです。目標から約10分も速いタイム設定になっていたのです。

それは、完全なるオーバーペースでした。このオーバーペースは長く続く訳も無く、25kmまでの走りとなってしまったのです。

  • あらかじめ決めていた目標を途中で変更し、できるかも!という欲が裏目に出て、オーバーペースとなった。

練習でできないことは、本番でもできない

当時、長い距離をスピードを維持しながら走ることに不安がありました。そのため、マラソン本番で後半の失速を抑える効果があると言われる30km走という練習ができなかったのです。

ただ、1日で30km走はできなくても、2日間でトータル30kmを走ることはできました。そのため、1日目に20kmを走り、2日目に10kmを走るという小分けの練習をして、この大田原マラソンに挑みに行きました。

この20kmと10kmに分けた練習では距離を積む練習はできても、スピードを維持して長距離走る練習をできていないことになります。

つまり、一定の距離をスピードを維持させて走る、という練習にはなっていないということです。

今回出場した4時間以内で走る大会というのは、距離を長く走る練習も大事ですが、その長い距離をある一定のスピードで走り続ける、という練習も大事になってきます。

これが距離走と呼ばれるものであり、30km走や40km走のことをさします。

結果、距離走が全くできていませんでした。

イチゴ
イチゴ

距離走ができなかった・・・。でも、距離を走る練習はしてきたから、何とかなるかなぁ。

この、“何とかなるかなぁ”に当日の全てをかけてしまったのです。

「距離走でスピードを出しながら長い距離を走れれば、きっと3時間30分を切って走りきれる」

思い返せば棚からぼたもち状態ですが、何とかなるという空回りな気持ちが途中棄権という結果として、はっきりと裏目に出てしまいました。

  • 練習でやってないことは本番でできるはずがない。

マラソンを甘くみていた自分へ、現実と向き合うことが与えられた機会だと初めて感じることのできた時でした。

どこかあわい気落ちを抱いていたから、練習でも本番でもできなかった

25kmまでを4分45秒/kmというペースで走るということは、当時の自分にとっては練習したこともない速いスピードでした。こんな練習をしたこともないスピードで走っていて、本当にゴールにたどり着けるのか不安でしたが、それ以上に期待する気持ちも膨らんでいました。

距離走は苦手で練習ではやって来なかったけど、もしかしたら本番では走れるかも。

完全なる、あわい気持ちです。自分への自信のなさがすり替わって、あわい期待へと膨らんでしまっていたのです。

しかし、マラソンは正直で、そんな期待は裏切られます。

どこかに不安を抱き、もしかしてという気持ちで走っていると、だんだんと足が動かなくなり、飲み物、食べ物も受け付けず、胃の不調に襲われ、気付けば近くまで限界がきていました。

体の限界を迎え出したのは、20kmを過ぎたあたりからです。このまま走れるのか、という焦りを感じ始めるようになりました。

「もう、走れなくなるな。」

直感的にそう思ってからはというもの、ピーんと張られた糸がプツンと切れたのを感じました。

急に落ちるスピードに、動かなくなる体。それは、今まで走って来たスピードある走りが嘘だったかのように、スローモーションの世界にいるような感覚です。

25kmを過ぎたあたりから、前を走る続けるランナーの数も減っていき、このまま走っても時間内完走はできないことを知ることとなります。

関門まで後少し。そう言い聞かせながら、ひたすら関門所を目指し足を前に進めました。

スピードは落ち、走ることを止めようとする途中棄権直前の様子。この後数km走ったところで途中棄権することを決めます。

私は、何を夢見て走っていたのだろう。

30kmの関門所で足を止めたその時、初めて自分の気持ちと向き合うことができたのです。

練習でできなくても、本番でならもしかしたらできるかもしれない。だけど不安もある。
そんなあわい期待がガラリと現実へと引き戻され、あなたが欲しかった結果はこれよ、と言われたような気持ちになり、自然と涙でいっぱいになったことを思い出します。

良くも悪くも、自分で願っていた結果を引き寄せてしまったのです。

それは紛れもなく、練習の時から速いスピードで走りきれる自分自身の姿を思い描くことができなかった。つまり、できない自分像が出来上がっていて、もしかしたらというあわい気持ちだけが膨らんでいた、ということです。

自分の本当の声を見ないようにして走り続けてきた結果を振り返りながら、関門所にたどり着き、途中棄権することを決めたのです。

フルマラソンは現実しか見せてくれない

25km過ぎに途中棄権を決意し、30kmの関門所で足を止めました。関門所に着くと、不安感から安堵感へと変わり、体がものすごくだるくなるのを感じました。

悔しいという思いよりも、自分の声を無視して走り続けてしまったという自分への裏切りと、走り始める前からどこか諦めていた気持ちがあったことに気づきました。

それは、30km走をしないと周りの速いランナーのように本番でも速く走れないのでは、という固定概念がありました。ただ、どこか自分自身で、本当なのかな?と信じることができずにいたのです。

要は、自分で自分のことをよく分からずに、速い人の真似を断片的にしようとしていた、ということです。

しかし本番は近づいてきます。

練習できなかったという後ろめたい気持ちを払拭したい!そんな気持ちから焦り始めます。だから、自分にとって都合よく言い換え、思い込むようにしていたのです。

イチゴ
イチゴ

30km走を本当はやっておいた方がよかったのかもしれない。

でも、この練習をしなくても、もしかしたら速く走れるのかもしれない。

この言い換えた気持ちが信じる気持ちになることは、ありませんでした。

そして、フルマラソンという競技は距離が長い分、様々な自分と出会わせてくれます。

  • いいね、その調子
  • 無理してない?
  • もう少しいけるよ!
  • 周りにのまれないで、自分を信じて走って!

いろんな心の声が聞こえてきます。

ただ、この経験から言えるのは、フルマラソンは今の自分というものをそのまま見せてくれるもの、すなわち、現実的でないものは見せてくれない、ということを教えてもらいました。

この失敗経験があってからは、今の自分と向き合い、自分の声を信じることができるようになったのです。

まとめ

  • マラソンの途中棄権は、オーバーペースだったから
    あらかじめ決めていた目標を途中で変更し、できるかも!という欲が裏目に出て、オーバーペースとなった。
  • 練習でできないことは、本番でもできない
    練習の時から速いスピードで走りきれる自分自身の姿を思い描くことができなかった。つまり、できない自分像が出来上がっていて、もしかしたらというあわい気持ちだけが膨らんでいた
  • フルマラソンは現実しか見せてくれない
    フルマラソンは今の自分というものをそのまま見せてくれるもの、すなわち、現実的でないものは見せてくれない

いかがでしたでしょうか。

マラソンの途中棄権は悔しいもの。でも、もしかしたらその結果は、走り始める前から自分自身で決めていた気持ちが現実となって現れたのかもしれません。

42.195kmという旅の中で様々な自分と出会い、葛藤し、自分を信じる気持ちができた時に勝利の女神が微笑んでくれるように思います。

どうかランナーの皆さんにとって、素敵なフルマラソンの旅ができますように。

日頃から自分と向き合いながら、次のレースこそ!笑顔でゴールテープを切りましょうね!

最後まで読んでくれてありがとうございます。

 

イチゴ

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