浅田真央のソチ五輪ショートにまさかの順位と得点が!曲名には再会が?

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2010年のバンクーバー五輪の悔し涙から4年。
2014年のソチ五輪に出場したフィギュアスケートの浅田真央選手。ソチ五輪に対する思いは熱く「集大成になるように滑りたい」と誓い、金メダルを目標に掲げ臨みました。

4年間の準備期間の間には、大きな苦悩が浅田選手を襲いました。その苦悩を乗り越え迎えたソチ五輪。

誰もが期待した浅田真央選手の金メダル姿でしたが、まさかの順位に信じられない得点が。誰も見たくなかった浅田選手の姿がテレビ向こうには映っていたのです。

そんなソチ五輪ショートプログラムで使用した曲名には実は「再会」があったとか!?どんな再会があったのか気になりますね。

今回は、浅田真央選手が集大成と臨んだソチ五輪ショートプログラムの演技について見ていきましょう!

2つの苦悩を乗り越えて迎えたソチ五輪

「集大成のオリンピックにしたい」
もしかしたら最後のオリンピックになるかもしれないと、そんな思いを胸に浅田真央選手はソチ五輪に向けて準備してきました。

ソチ五輪で金メダルをとりたいという浅田選手の強い気持ちには、バンクーバー五輪での悔しさがありました。バンクーバー五輪では浅田選手が思い描いていた完璧な演技ができず、思ったように点数が伸びませんでした。目指していた金メダルは同年のライバルキム・ヨナ選手の元へ行ってしまったのです。その悔しさから、インタビューごしに涙する浅田選手の姿がありました。

それから4年間かけてソチ五輪への準備が始まりますが、大きな苦悩が浅田選手を襲ったのです。

1つ目の苦悩:コーチ不在期間

引用元:https://ja.wikipedia.org/wiki/タチアナ・タラソワ【タラソワコーチ】

2010年夏まで、浅田選手のコーチが長期不在となります。バンクーバー五輪のコーチを務めたタラソワコーチ自身の家族に健康問題があり、拠点であるロシアを離れることが厳しくなったからです。

タラソワコーチは浅田選手に日本人コーチを見つけるように勧めます。そこからコーチが不在になってしまったのですが、ここで動いたのが浅田選手の母・匡子さんだったと言います。

母・匡子さんはタラソワコーチに直筆の手紙を書き、思いを伝えました。それがタラソワコーチの胸を打ち、コーチという形ではなく、総監督として担当する立場になったそうです。そして、2010年9月に、佐藤信夫コーチが就任し、ソチ五輪へ向けた体制が整っていきます。

関連記事:浅田真央のソチ五輪フリー感涙にキム・ヨナの示した意外な姿とは!?

2つ目の苦悩:母の急死

スケートリンクで見せる浅田選手の近くには、大好きな母が常に居たと言います。

クラシックバレエの練習として、フィギュアスケートと出会ったという浅田選手。実は、母がフィギュアスケートとのキューピット役だったんです。そこで才能が開花し、憧れていたオリンピックに出場するまで成長していきました。

「バンクーバー五輪では大好きな母に一番輝くメダルを見せてあげられなかったから、ソチ五輪ではそれを見せたい。」そう思っていたのかもしれません。しかし、そんな思い虚しく、2011年12月に母が急死してしまったのです。死因は肝硬変でした。

あまりにも大きな苦悩なだけに、心には大きなショックを受けていたことと思います。それでも浅田選手は滑ることを諦めませんでした。母の急死から数日たった大会にも出場したのです。どんな状況下にいようが、自分の目指したソチ五輪で金メダルを取るまで浅田選手は懸命に努力していきました。

こうして4年間の準備期間が過ぎていきます。2つの大きな苦悩を乗り越え迎えたソチ五輪。浅田選手が目標にしている金メダル獲得に期待がかかります。

原因不明の狂い出すジャンプ

「頑張ります」と佐藤コーチに告げ、ショートプログラムのスタート位置に着いた浅田選手。口で大きく息を吐いてショパンの「ノクターン」に合わせて笑顔でスタートを切りました。

最初のジャンプは、自身の代名詞であるトリプルアクセルを用意しました。最難易度の技を最初に持ってくる選手は、浅田選手以外いません。トリプルアクセルが成功すれば、高い得点が付くはずです。

そして、会場の緊張も最高潮に達したその時、浅田選手が華麗にジャンプをしますが、ジャンプ中に足が絡まりまさかの転倒。

リズムが狂ってしまっているのか、浅田選手の体が思うように動いていないのか。画面からは何も伝わってきません。伝わってきたのは浅田選手が転倒したという原因不明な事実だけです。

でも、まだ得点の高いジャンプは用意されています。次へと期待がかかります。

引用元:https://gendai.ismedia.jp/articles/【ショートプログラム終了後の浅田選手】

次に用意されたジャンプは、トリプルアクセルの次に難しいと言われているトリプルフリップです。このジャンプは見事に着氷です。表情が少し和らぎました。このショパンの「ノクターン」に乗って、華麗さを表現していきます。

トリプルがシングルに

そして次に用意されたジャンプは、トリプルループ、ダブルループのコンビネーションジャンプです。浅田選手の巻き返しを願うジャンプなだけに、さらに会場の緊張感は高まります。

そして、巻き返しを願ったトリプルループからジャンプをします。しかし、勢いが足りないのか回転不足に。トリプルジャンプがまさかのシングルジャンプに変わってしまいました。回転の勢いもなく、次に用意されていたダブルループは見送り、コンビネーションジャンプを見ることはできませんでした。いつもの浅田選手の柔らかい表情はなく、曇った表情のままです。

残酷なことに用意されていたジャンプは全てなくなってしまいました。ここからは、ジャンプほど得点は高くつかないスピンの技です。そして最後は、曲に合わせてビールマンスピンを美しく回転させながらフィニッシュしました。

曇った表情のまま首を傾げる姿を見せた浅田選手。大きな喪失感を漂わせたまま会場を後にします。

見たことのないまさかの順位と点数

判定が気になるところですが、得点を多くもらえるトリプルアクセルとコンビネーションジャンプでまさかの失敗をしてしまった浅田真央選手。低い点数を予想できているからか、表情が曇ったままです。

そして電光掲示板に映し出された数字は「55・51点」

ショートプログラムは誰よりも得意とする浅田選手にとって、信じがたい現実が突きつけられてしまったのです。信じられないような低い得点に戸惑いを隠しきれません。

【引用元:https://ja.wikipedia.org/wiki/2014年ソチオリンピックのフィギュアスケート競技】

技術点が22・63点、構成点が33・88点、減点が1・00点を合わせた55・51点です。
最終滑走だった浅田選手は、その時点で順位が決定することになっていました。順位はまさかの信じがたい16位に・・・。

ショートプログラムの結果は、全体順位の中でも中間くらいの位置につけてしまいました。世界フィギュア界を引っ張ってきた女王なだけに、そして金メダルを目標に取り組んできたソチ五輪なだけに、この残酷な現実が浅田選手の頭の中を真っ白にさせたのです。

「よく分からない」
浅田選手は記者への取材時にこのように話しました。いつも柔らかい表情を見せてくれるだけに、この日は顔がこわばり、目線も俯いています。

想像もしてなかった現実と向き合えない浅田選手の姿がそこにはあったのです。こうして初日のショートプログラムは幕を閉じました。

再会の曲名とは

浅田真央選手がソチ五輪のショートプログラムで使用した曲名は、ショパンの「ノクターン」でした。正式名は、「ノクターン 第2番 変ホ長調 作品9−2」と言われます。

この「ノクターン」は浅田選手が16歳の時にも使用していて、ソチ五輪で23歳になった浅田選手の元へと再び現れたのです。まさに再会の曲です。

23歳になった浅田選手がこの「ノクターン」のテーマとしたのは「初恋」だったと言います。「自分が悲しかったことを思い出したり、山があったり雪が降っていたり、そんな姿を想像しながら」そんなシーンを連想させながらこの「ノクターン」という曲名に体を乗せて氷上を滑っていきます。

引用元:https://www.nikkei.com/article/【浅田選手の振り付けを担当したローリー・ニコル氏】

浅田選手の華麗な演技の振り付けはローリー・ニコル氏が担当しました。2006-2007シーズンもこのソチ五輪のショパンの「ノクターン」の振り付けも、同じニコル氏が担当しています。

ソチ五輪でのイメージは、「曲は同じですが、大人っぽい感じで」という振り付けでした。7年間かけて大人の女性へと変わっていった浅田選手の大人っぽい表現を、この「ノクターン」に乗せて演技を構成したそうです。

このソチ五輪ショートプログラムの曲名と振り付けにはこんなエピソードが隠れていたのです。

今回のまとめ

バンクーバー五輪の悔しさを胸に、金メダルを目標に臨んだソチ五輪。

「頑張ります」そんな一言を佐藤コーチに言い残し、ショートプログラムのスタートを切った浅田真央選手に起こった原因不明のジャンプの失敗。まさかの得点と見たことのない順位に喪失感を隠しきれない浅田選手がいました。

このソチ五輪ではショパンの「ノクターン」という再会の曲名を選んだ浅田選手。7年間かけて大人へと成長した姿を見せてくれた場でもあります。

「初恋」をイメージしながら演技したこのソチ五輪ショートプログラムは、恋人に振られた淡い恋へと変わってしまったようにも捉えられますが、浅田選手は振られるばかりではありません。

ソチ五輪ショートプログラムでの巻き返しをフリーの演技ではどのようにしたのかにも注目です!

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